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反戦運動の今と昔

七尾旅人がはっきりと語る「反戦」 最初に死ぬ自衛隊員をイメージできるか

上記の記事を見てふと思ったことを書いてみたい。

最近の自衛隊や安保条約体制の強化や拡大、9条改憲などに反対する運動は「自衛隊員を戦死させるな」というニュアンスを出すものが多いようである。
しかし自分の感覚でいうと、この種の運動(一応「反戦運動」と呼んでおく)が「自衛隊員を戦場に送るな」「隊員を死なせるな」というスローガンを前面に打ち出すようになったのは、割と最近の現象である。

それでは、昔の反戦運動は、今とどう違っていたのだろうか。

結論からいうと、昭和時代の反戦運動は、基本的に「日本のアジア再侵略を許すな」というニュアンスのものが多かった。多くの反戦運動は、自衛隊員が紛争に巻き込まれて死ぬのを防ぐためではなく、「日本が再びアジアを侵略する戦争を起こす」のを阻止することを至上命題としていたのである。

1960年代から70年代にかけて、日本国内の米軍基地から米軍がベトナム戦争に出撃していったが、これは強硬な左翼陣営から見れば、「日本が米国のベトナム人民に対する侵略に加担していること」とされた。また、日本企業が海外進出していくのは、「日本の独占資本が途上国を経済的に侵略し、途上国の人民を搾取するもの」と受け取られていた。そして左翼の論者の多くは、日本を「帝国主義国家」として位置づけていて(「帝国主義」という用語の定義についてはここでは立ち入らない)、特に過激な者は「日本帝国主義」を革命闘争によって打倒すべき対象と考えていた。彼らにとって、「日本によるアジア侵略」は、第二次大戦時の評価の問題だけでなく、リアルタイムで進行中の問題だったのである。

もちろんすべての反戦運動がそうだったというわけではなく、様々なニュアンスのものがあったが、かつては革命志向的な反戦運動が有力に存在していたのである。

「日本が今もアジアを侵略している帝国主義国家である」という言説が、反戦運動の中でもほとんど見られなくなったのは、“アジア”の国々が大きな経済発展を遂げて、日本のメーカーを脅かすようになり始めてからのことだと記憶する。

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