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橘玲は公的教育無用論者か?

まだ読んでいないが、作家の橘玲の「言ってはいけない 残酷すぎる真実 」という本が売れているという。

橘玲は、この本に限らずあちこちのコラム で、ある種の研究を取り上げて、教育の成果に格差が生じるのは、家庭の経済的な格差によるものではなく、知能の高低がおおむね遺伝で決まるからだという見解を出して、貧困層を念頭に置いた教育に対する公的な支援には意味がないかのような主張を導いている。

(上記の著作を読んでいないので、もし誤解があればご指摘いただきたい。)

しかしこの主張は、

 ①遺伝によって知能に有意な差が生じるかどうか

 ②およそ一般に、教育に効果があるかどうか

の2つの問題を混同しているだけだと思われる。

遺伝によって知能に統計上有意な差が生じるというのが仮に事実だとしても(①)、だからといって、教育(や、その支援政策)に効果がないということにはならない(②)。

知能の“高い”親の子でも、読み書きや四則計算をまともに勉強しなければ、まともに勉強した知能の“低い”子にかなうわけがない。また、他の条件が同じであれば、教材をまともに与えられた子の方が、そうでない場合よりも、成績は良くなるだろう。

(まさか橘玲は、「遺伝によって知能の高い子は、学校に行かなくても四則計算ができるようになる。」とか「遺伝によって知能の低い子は、学校に行っても何も頭にはいらない。」などと言っているわけではあるまい。なお、先天的な障害によってそもそも読み書きや四則計算を一切身につけることができない子もいるだろうが、ここで議論の対象になっているのは、そういうケースではないだろう。)

遺伝がどうだろうと、一般的には、学校教育で読み書きや四則計算を教わった子は、それを教わっていない子に比べれば、当然、それらの科目ができるようになる。また、参考書を買って読んだりする機会のある子は、それができない場合よりは、何らかの程度、成績はよくなるだろう。

仮に「親の知能が子に遺伝する」というのが真実だとしても、教育にはそれなりの効果がある。その教育の効果の現れ方にひょっとしたら遺伝で差があるのかも知れないが、それぞれの子について何らかの効果があるということには違いはない。

その意味で、公的教育やその支援の制度には、れっきとした存在意義があるということになる。

「知能は遺伝で決まるから、教育への公的支援はムダだ」という主張は、遺伝によって教育の効果に差があるかも知れないという問題と、教育そのものに効果があるかどうかという問題を、ごっちゃにしているに過ぎない。

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