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「生きづらい」という言葉、やめませんか

「生きづらい」という言葉が最近メディアで頻繁に見受けられるが、論者によってその意味はかなり異なる。経済的に困窮して生活苦に陥っている状態を意味する場合もあれば、仕事上のストレスがたまることを意味することもある。マスコミやネットで何かの事象について非難が集中することを指す場合もあり、さらには人間関係の構築がうまくいかないことを意味する例もある。

このように「生きづらい」という言葉は、人によって使い方が大きく違っていて、統一的な意味はないばかりか、厳密に検討するにはあまりに曖昧である。たとえば「現代は生きづらい時代だ」という言い方をする人は、室町時代や戦国時代、いや明治時代に比べても現代が生きづらいと言いたいのだろうか。

「生きづらい」という概念は、いろいろな意味や切り口が混在しすぎて、まともに検討できる概念ではない。むしろいろいろな問題がごっちゃになって、おまけに情緒的すぎて、分析的に問題を考える邪魔になっているとさえいえるだろう。

「経済的に貧困で生活が困難」「人間関係をうまく構築できない」「多忙・長時間労働で疲れてしまう」「様々な制約で子育てが大変」・・・これだけの別々の問題を、「生きづらい」というあいまいで情緒的な言葉でくくるべきではない。また、現代は過去の様々な時代に比べれば、生活面では遥かに恵まれているのであって、「現代は生きづらい(=現代以外はもっと生きやすかった)」などという捉え方自体に疑問がある。

個別の問題は、もっときめ細かく考えて議論しましょう。

いい加減、「生きづらい」という曖昧で漠然とした言葉を使うのは、やめませんか?

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