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濱口桂一郎「新しい労働社会」

*10月2日初稿、10月3日に一部記事補足

だいぶ前に買っておいた濱口桂一郎「新しい労働社会」(岩波新書) を読了。著者の考え方はブログで頻繁に拝読しているので、本書を読むより先にある程度おなじみになってしまっており、本書が自分にとって特に目新しい内容というわけではない。

序章「問題の根源はどこにあるか」で、日本型雇用システムの特色として、一般に指摘される要素である「長期雇用制度」「年功賃金制度」「企業別組合」について解説し、さらにこれらが「職務のない雇用契約」(正確には「職務の特定のない雇用契約」とか「職務無限定の雇用契約」というところか)からの論理的帰結であることが示される。この「職務のない雇用契約」は、より実態に即していうならば「メンバーシップ契約」(団体加入契約)というべきものとされており、これを前提として、日本企業特有の雇用管理、報酬管理、労使関係が成り立っていることが説明される。

この基本構造を前提として、第2章以下で、ワークライフバランス、非正規労働などの個別のトピックについて、歴史的背景や政策決定過程についての知見も加味しながら、問題点と解決の方向性を示している。

とりとめがないかも知れないが、まずは本書の内容そのものについてのコメントというより、本書を読んで勝手に思い浮かべたこと等を少々。

まず、著者が指摘するような日本の「メンバーシップ型」とされる労働契約の特性を、うまく実情に即して法律の中で位置付けるロジックが、肝心の現代の日本の法制度・法理論においては乏しいようである。日本の労働問題については、法理論・法制度が実態をうまく反映しておらず、それゆえに判例で個別事案を解決する際に苦心しているというべきだろうか。既に雇用関係が破綻してしまって紛争化した段階になってから持ち込まれる司法での判断と、雇用関係が一応維持されて運用されている段階についての分析と、建前として抽象的に存在している法制度・法理論とが、それぞれ異なってくるのはやむを得ないのかも知れない。
労働契約は、民法上の契約理論をまず出発点としたうえで、これに社会政策的見地から修正を加えた労働法制によって規律されていることになっている。しかしこのような労働法制と、「団体加入」「組織への取り込み」という側面を持つ日本の「メンバーシップ型」労働契約の実情とが必ずしもうまく対応しているとは言い難い。
日本の「メンバーシップ型」労働契約から発生する紛争について、司法界や労働法学者は、紛争の性質に応じて、ある時は「自律的な個人間の契約」という側面を強調し、また別な時は社会政策的な修正の必要性を強調して、解決を図ってきたように思われるが、「メンバーシップ」的性質を正面から法制度としてとらえた立法的解決ができないものだろうかと思った。
いずれにしても、法理論・法制度と、現場での運用の実態(「生きた法」)との乖離については、著者は非常に強く意識しているものと思われる。(★注)

(★(10月3日追記:同じ著者の「日本の雇用と労働法 」(P36-42)に、上記の私の感想に噛み合うような記載があった。同書についても後日感想を書く予定。)

次に、最終章で著者が触れている「ステークホルダー民主主義」で触れていたフランスの(革命以降の)法制度における「中間集団」への敵対的な態度は、ちょうど最近読んでいた樋口陽一の憲法関係の文献でも強調されていた。フランス的な個人主義を理想形のように考える樋口陽一と、それに対して距離を置いている著者のスタンスの違いは(研究している分野は違うが)なかなか興味深い。

なお、日本企業のローテーション人事について触れた箇所で、労働者は「定期的に職務を変わっていくことが原則」となっていて「特定の職務についてのみ熟練するのではなく、企業内のさまざまな職務を経験し、熟練していく」と述べているので、この点について私自身の経験を少々。
私自身が大手電機メーカーで勤務・経験した範囲についていえば、ここは必ずしもあてはまらない。技術系は当然として、事務系の従業員は、営業であれば特定事業部門の営業のままであり、またスタッフであれば経理、人事、資材などそれぞれの職種は固定されており、ローテーションは、異職種間の異動ではなく、同一のまま異なる事業場間を異動するのが通常であった。たとえばA工場経理部→B支社経理部→本社経理部、等々のルートで次第に昇進・昇格していく。(ただ同じ「経理」でも、担当する業務には幅があり、次第に上位の管理的業務に移っていくので、「同一職務」ではなく「同一職種」という言い方にした。)

本書に限らず、「異なった職務間をローテーションするのが日本企業の原則だ」という言説はよく見受けるが、おそらくこれは銀行と、単一製品の製造業を主に想定しているのではないだろうか。

ただ私のいた会社では、同一職種のままのローテーションが原則であっても、場合によっては様々な理由(個人の適正、特定職種の縮小・廃止など)で、異なる職種に移ることがないわけではない。その意味では、紛れもなく「メンバーシップ契約」である。

脇道にそれてしまったが、具体的な本書の内容の紹介およびコメントは次の記事で。

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