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生活保護とパチンコ

 生活保護受給者が、生活費を浮かしてパチンコをすることについてよく論争になることがあり、最近でも元横浜市長の中田宏氏が意見を発信している。 
 この議論には、2つの異なったレベルの問題が混在しているので、整理しておく必要があるだろう。

(1)(生活保護受給者に限らずおよそ一般論として)パチンコを法的にどう評価するのかという問題

(2)生活保護費の用途はどこまで自由かという問題

 まず(1)は、パチンコが、景品を換金するプロセスも含めて一体として見れば賭博であるというのであれば、端的に禁止するべきことであり、現在の行政の解釈(「パチンコと換金プロセスは別なもので、賭博ではない」等々)をはっきり変更するか、法改正で明確化するかしかないだろう。
 パチンコが禁止されるなら、生活保護を受けていようといまいと、金持ちだろうと低所得者であろうと、端的にパチンコをするのは違法というだけであって、それで話はおしまいである。

 ただし、パチンコが今のところは違法ではなく禁止されていないという現状を前提にすると、違法でない行為を生活保護受給者がやっては何故いけないのか?ということになり、(2)の議論に移っていく。

(なお中田氏のこの記事では、競馬や競艇やロトや宝くじを生活保護受給者がやるのはどうなのか、必ずしもはっきりしない。これらは合法的だから良いということであれば、パチンコも賭博ではなく合法的だというタテマエの解釈で運用されている以上、パチンコだけダメというのは困難だろう。生活保護受給者は競馬も競艇もロトも宝くじもダメだというなら、それはそれで一貫はしている。)

そこで(2)の論点について考えてみると、まず、生活保護の目的は「健康的で文化的な生活水準」を維持することだから、食費や光熱費や家賃などの直接的な衣食住の費用以外に、どこまで用途を認めるべきかという問題があり、要は娯楽・趣味・嗜好的なものをどこまで認めるのが妥当かということが問題となってくる。

 一切娯楽を認めるべきでないというのであれば、パチンコに限らず、映画も小説も漫画も認めるべきでないということになるだろうし、映画や漫画を認めるのであれば、それとパチンコはどこが違うのか、どこまでの娯楽や嗜好品を認めるのかということになってくる。

 娯楽は一切ダメだ、というのであれば、そこで議論は終わりであるが、それは極端ではないだろうか。「健康的で文化的な最低限の生活」は、娯楽もある程度は含むといえないだろうか。

 生活保護受給者が映画に行くのは良いがパチンコはダメだというのであれば、それは、そもそもパチンコは生活保護者に限らず本来禁止すべきではないかという(1)の論点が混ざっているのではないかと思う。
 生活保護受給者がパチンコをするのに違和感を感じるとすれば、それは、パチンコそのものが本来違法とされるべきものなのに何故かお目こぼしされていて不当だと感じているからであって、その不当感が、「生活保護受給者は税金で最低限の暮らしを保障されているのだが・・」という観点によって増幅されているからではないか。取り締まるべきは、生活保護ではなく、パチンコなのである。

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