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「貧困女子高生」は「貧乏女子高生」と言い換えるべきだった件

今年の話題の一つとして、NHKが取り上げた「貧困女子高生」の炎上問題が挙げられる。

貧困な女子高生として取り上げられた人の部屋の映像に、大量のアニメのグッズやイラスト用の高価なペンなどがあり、「それでも本当に“貧困”といえるのか」という疑問が広がる形でネットで炎上したのであった。

これについては、「貧困」概念も一律なものではなく、生存自体が困難な「絶対的貧困」と、所得が中央値の半分以下である「相対的貧困」とがあるのだ・・・という反論というか説明がなされることもあったが、この意味での「相対的貧困」は、あくまで所得の相対的な少なさに着目した概念であって、その相対的に少ない所得で実際の生活上のニーズがどの程度充足困難になっているかを直接示すわけではないから、なかなか直感的にわかりにくいきらいがある。

この点、私は、相対的な貧困層の困難さを直感的に示す用語としては、「貧困」ではなく「貧乏」が良いのではないかと思う。(「下層」でも良いが。)

「貧困」も「貧乏」も、一見同じように見えるが、実は言葉の喚起するイメージはかなり違う。

「貧困」というと、どうしても日本語の響きとしては、絶対的貧困のようなイメージを想起させて、餓死寸前か、そこまでではなくてもホームレスやそれに近い窮状を思わせる。
これに対して「貧乏」というと、むしろ「相対的に経済面で恵まれない、下層の生活をしている人」というイメージであって、とりあえずは生活はできているが低所得という感覚になる。

「貧困」は、「貧しくて困っている(=困窮、生存が追い詰められている)」ということだが、「貧乏」は、「貧しくて乏しい(=少ない、所得が小さい)」ということになる。

わかりやすく例をあげよう。一般的にいって、「貧困会社」という言葉は存在しない。「貧困」は生存不可能というイメージと結びついている以上、そんな会社など成り立ちえないと思われるからである。
これに対して、「貧乏会社」という言葉は存在する。相対的に収益が少ない会社という意味で、実際に使う人は多いはずだ。

また、「貧乏生活」というと、貧しいながらなんとか切り盛りしているという感じだが、「貧困生活」というと、「生活ができないのが貧困ではないのか」と思ってしまわないだろうか。

さらに、「貧乏だけどささやかな楽しみがある」という言い方にはそれほど違和感はないが、「貧困だけどささやかな楽しみがある」というと、どこか違和感を感じるのではないか。

結論としていえば、「貧困女子高生」ではなく、「貧乏女子高生」だったら、部屋に絵を描く趣味の道具や映画のチケットがあったとしても、それほど騒ぎにはならず炎上しなかったのではないかと思う。

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