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学歴による社会の分断

BuzzFeedJapanに「『学歴』で分断される日本のリアル」という興味深い記事があった。ここで紹介されている大阪大学教授・吉川徹(計量社会学)の次の言葉が印象的である。

日本社会をケーキで例えると、下半分はスポンジケーキで、その上にミルフィーユがのっているんですよ。
下は非大卒で、上は大卒ですね。大卒の人たちは細かい階層にわかれていて、どこの大学を卒業したかを学歴だと思っているんですね。
それは『学校歴』であり、学歴ではありません。大きな勘違いです

つまり、「どこの大学を卒業したかで差がつく」とか「学歴は出世に関係ないかどうか」などという類の言説は、ミルフィーユのように細かい層に分かれた大卒の世界の中の議論でしかなく、そのミルフィーユの下にはスポンジケーキのような別な隔絶された世界が存在していて、それが「高卒の世界」なのだという。

そして日本社会では、大卒の世界と高卒の世界とが分断されていて、学歴は世代間で再生産されるようになっているとも述べる。

そういえば、私が大学を卒業して大手電機メーカーに勤務していた頃は、工場の製造現場の技能職はもちろん高卒(稀に中卒)の世界であったが、事務職や技術職も、ある程度、高卒が採用されることがあった。
管理部門である総務や経理でも高卒が一定程度採用されており、その中では、事業所レベルで課長や部長にまで昇進する人も現にいた。
実際問題、私が入社後の研修を終えた後に最初に赴任した地方工場の部署の直属の上司の課長は、高卒であり、その人は最後は子会社の取締役になった。
バブル時代には、事務職や技能職の高卒新人の採用も企業間の人材の奪い合いとなっていて、私もいくつかの高校を訪問して、就職指導担当の教員へのあいさつ回りをしたこともあった。

このように採用された高卒の要員は、主に工場で育成されて勤務し、社内での待遇に格差があるにしても、同じ企業共同体に所属するメンバーとして扱われていった。同じ福利厚生制度の適用を受け、同じ労働組合に所属し、同じ食堂で食事し、同じ社内行事に参加していた。

その後、時とともに状況は大きく変わっていった。国内の工場が次々に縮小されて技能職の需要が縮小し、さらにいわゆる一般事務職(特に高卒女子を配属するような補助的な事務職)の採用も絞り込まれて、派遣社員に置き換えられていったのである。

大手メーカー各社は、戦後の日本社会での高卒新人の重要な就職先であり、高卒が大卒と同じ共同体のメンバーとして迎え入れられて育てられる場だったのだが、これが大きく変質してきたことが、社会の学歴分断を推し進める要因になっているのだろう。

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