最近のトラックバック

人気ブログランキング


フォト

« 2017年5月 | トップページ

2017年6月

待機児童問題は、保育料の値上げで「解決」すれば良い?

本日の日経新聞の「経済教室」は、「待機児童解消できるか (上)」というタイトルである。
 経済学者の宇南山卓(一橋大学准教授)が、保育所の待機児童問題の“現実的”な解決策として「保育料引き上げ」を提唱している。

宇南山によれば、そもそも待機児童とは、保護者が希望しても保育所に入所できない児童のことであり、保育所への需要が供給を超過している状態のことである
 つまり需要過多といっても良いし、供給不足といっても良い。

 この解決策としては、まず保育所の供給を増やすことが考えられるが、費用がかかりすぎで限界があり、あまり現実的ではない。無理に増やそうとすれば、質の悪い保育所が乱造される危険もある。

 そこでこの筆者は、逆に需要を減らすことによって待機児童問題を解決する策を提唱する。どのように減らすかといえば、保育料を引き上げることである。

 経済学的にいえば、商品やサービスの価格が高ければ、それに対する需要は減少する。その考えをそのまま適用して、保育所を使うための保育料を引き上げていくべきというのである。
 保育料が高くなれば、それに応じて、保育所を利用しようという保護者は減っていく。
つまり、保育料が引き上げられて、保育所に入所を希望する保護者が減れば、待機児童問題は「解決」する、という主張である。

 (宇南山が言わんとしていることを、私なりに比喩を使って言うならば、あるラーメン屋に人気がありすぎて、客が殺到し、店に入りきらない客が路上にあふれている状態をイメージすれば良い。この状態を解決するにはラーメンの値上げをするべきだ、というのがこの筆者の主張である。ラーメンが高くなれば、そこに来る客は減って混雑は緩和され、みんな店に収容することができるから、ということだ。

  また別な比喩でいうと、有料指定席の通勤電車を思い浮かべてもいいだろう。京急のウィング号や小田急ロマンスカーなどは、指定席料金を払うことで、通勤ラッシュに悩まされず、ゆったり座って通勤することができる。この種の電車の指定席料金を払える人たちにとっては、通勤ラッシュは「解決」されている。

 宇南山自身が保育所をラーメン屋や有料指定席通勤電車に喩えているわけではないが、言っていることは、これとまったく同じ理屈だろう。)

 正確にいえば、保育所に子どもを入所させたい者が絶対的な意味で減るわけではなく、“高くなった保育料を払ってでも”保育所に入所させたい者が減るだけである。
 ただ、“高くなった”保育料を払えない保護者は、保育所に子どもを預けること自体を諦めるので、そもそもその子は待機児童にはカウントされなくなり、待機児童問題は「解決」することになる。

 そうなると、高い保育料を払える者しか子どもを保育所に預けることができなくなってしまうが、これについては、宇南山は望ましいことだと考えている。
「女性の活躍や人的資本の有効活用の観点からは、賃金水準が高く、就業継続の意欲が強い保護者を優先的に入所させるべきだ」というのである。
 つまり平たく言えば、カネをたっぷり稼いで高い保育料を払える親が優先的に保育所に子どもを入れられるのは、経済的効率の観点から望ましい、というのが宇南山の考え方である。

 (とはいえ、母子家庭などの社会福祉的側面にも配慮が必要であることを否定してはいない。その場合の対策としては、現金給付で対応するということを宇南山は提唱している。つまり経済的困難などで子どもを保育所に預けて働かなければならない人たちへの対策としては、保育所への優先入所ではなく、現金を直接給付して、保育料を払えるようにしてやれば良いということのようである。)

 もっとも、ここまで言い切ってしまうなら、保育所への公的支援など必要なく、すべて民間企業任せにして、純粋に市場競争の原理で保育料を決めれば良いことになってしまうのではないかと思うのだが、宇南山はそこまでは徹底せず、「もちろん保育に対する公的負担自体は合理的だ。保育所は、女性の就労支援、幼児教育、子育て負担軽減など多くの役割を果たしており、結果として少子化解消策や女性活用など私的便益を上回る社会的メリットを産み出すからだ。」と述べている。
 ただしそういう部分と、「経済効率からいえば、高く稼げる親が優先されるのが望ましい」と主張する部分とがどういうふうに矛盾なくつながっているのか、この記事だけではよくわからない。

 私としては、ここでは宇南山の主張を別に否定も肯定もするつもりはないが、「希望者全員が保育所に子どもを入れられるわけではない」という状況の中で、どのように保育所への入所枠を配分するかという問題への一つの答えではある。宇南山のような考えに賛同できない人も当然いるだろうし、そういう人は別な解決策を考えているのだろう。

日本企業の社内行事と社内成人式

 ご存じのとおり、日本企業の社内行事にはいろいろなものがある。会社の運動会や社員旅行については、次第に敬遠されて廃れているとか、逆に最近では見直す動きが出てきたなどの話をよく聞く。
  たとえば西日本新聞のこの記事は、社員旅行の新しい形の例を紹介している。
  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170620-00010002-nishinpc-soci

 それでは、「社内成人式」については聞いたことがあるだろうか。

 社内運動会や社員旅行に比べると、社内成人式はあまり話題にならない。これは、対象者が、会社に勤務する立場で20歳を迎える人だけに限られるということがあるのだろう。つまり実質的には、中学卒か高校卒で採用された人だけなのである。

 私自身の経験でいうと、大手メーカー勤務時代、社内成人式を行う側の仕事をしたことがあった。総務とか人事の担当者の役目である。

 社内成人式は全社一括ではなく事業所ごとに実施することになっていて、大規模な工場では、バブル時代に1年で数十人もの高卒新人を、事務部門でも製造部門でもひっくるめて採用したことがあり、そんな若者たちが採用から2年後になると成人式の対象となるわけである。

 成人式は労使共催の形で行った。工場の食堂を飾り付けて飲食を準備し、工場長と労働組合の支部委員長がそれぞれ祝辞を述べ、さらにパーティーやビンゴゲームなどをしたりするのだった。ゲームの企画は、労組の青年部に頼んでいた。

 イベントを企画するというのは私は性格的に苦手で、毎年、この季節が迫ってくると、胃袋に穴があきそうになるほど緊張したものである。とはいえ、若い人たちが盛り上がるのを見るのは楽しかった。

 このように社内で成人式を行うという発想は、ただ単に18歳で就職して20歳を迎えるというだけでなく、高校を出て社会に出た若者に、マナーや社会常識を教育するという機能までも会社が持っていたことのあらわれだろう。
 高校を卒業した新人にとって、会社は、別な意味での「上級学校」の役割を果たしていたのである。

 その後、日本の大手メーカーの一般的な趨勢には逆らえず、この会社も、全国にあった工場は次々に閉鎖されて減り、残された工場の中でも製造部門が減って開発設計の比率が高くなっていった。
 さらに製造部門でも事務部門でも、正社員から請負や派遣に置き換えが進んで、高卒新人の採用はどんどん減らされていった。

 今でもその会社が社内成人式をそれぞれの事業所で行っているのかどうかは知らない。

「時間ではなく成果に応じた報酬」の働き方を望む人は、アニメーターとブラック不動産営業がおすすめです!

最近、アニメーターの過酷な労働条件がNHKの「クローズアップ現代」でも取り上げられた。

以前のエントリの「アニメーターの過酷な労働現場は、働き方改革から見れば理想の職場?」でも書いたことの繰り返しになるが、重要なことなので、改めてここで紹介しておきたい。

「クローズアップ現代」によれば、

30分の作品には3,000枚以上の絵が必要だといいます。このスタジオではこうしたアニメのもととなる絵の制作を請け負っています。アニメーターに支払われるのは1枚当たりおよそ200円。一方で、年々、作品には繊細さが要求されるようになり、1枚にかかる作業時間は増えています。

作業の早いアニメーターでも1日20枚ほどが限界です。月収は10万円前後にとどまっています。”

ということであり、さらに

業界で働いている人の4割近くが最低賃金の保障もないフリーランス。正社員は僅か15%でした。”

とされている。

絵を1枚仕上げるごとに200円ということは、10枚なら2000円、100枚なら2万円ということであり、まさに完全に「成果」に応じた報酬である。

労働時間を何百時間かけようと、絵が仕上がらない限り1円も支払われない。支払われる報酬は、枚数に比例する。

これこそ、「時間ではなく成果に応じた報酬をもらう働き方」である。
また、85%は非正社員ということだから、「会社に縛られない、正社員であることにとらわれない働き方」ということでもある。

「労働時間ではなく成果に応じた報酬」を提唱し、「会社に縛られず、正社員にこだわらない働き方」を広げるよう主張する人々にとっては、このアニメーターの働き方こそは、まさに理想ということになる。

もちろん「成果に応じた報酬」が行われているのは、アニメーターに限らない。一般的な会社員の中にも、既にそういう例がある。

たとえば、不動産営業で、物件の売買をまとめない限りは賃金が支払われないという会社の話を稀に聞くことがある。売買の成果が出ない限りは何時間働いても賃金が一切支払われないのであれば、実際はもちろん労働基準法違反なので、ブラック企業と呼ばれても仕方ないのだが、それは別として、まさしく「成果(不動産売買)に応じた報酬」なのだから、これまた働き方改革の理想に合った会社ということになるはずである

逆に、売買の成果に関係なく一定の賃金を支払い、残業すれば法定の割増賃金を支給する不動産会社があるとすれば、労働基準法をしっかり守っているホワイト企業ということになるが、働き方改革の精神からいえば、成果ではなく時間で報酬を支払っているのだから、古い考え方の会社であり、批判されるべきということになる。(そうですよね?城繁幸さん)

仕上げた絵の枚数に応じて報酬が支払われるアニメーターと、売買の成約実績だけに応じて賃金が支払われるブラック不動産会社の営業マンは、「労働時間ではなく、成果に応じた報酬」を提唱する人々にふさわしい職場というわけである

若者の死因1位は「自殺」だが、自殺する確率が中高年より高いわけではない

最近公表された厚生労働省の2017年版「自殺対策白書」によれば、

我が国における若い世代の自殺は深刻な状況にある。年代別の死因順位をみると、15~39歳の各年代の死因の第1位は自殺となっており、男女別にみると、男性では10~44歳という、学生や社会人として社会を牽引する世代において死因順位の第1位が自殺となっており、女性でも15~34歳の若い世代で死因の第1位が自殺となっている。”

とされていて、若い世代の死因の第1位が「自殺」であることが強調され、大きな反響を呼んでいるようだ。

この「自殺対策白書」は、下記のリンク先で読むことができる。

http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/

ただし、若者の死因の第1が「自殺」であることと、若者が中高年よりも確率的に自殺することが多いかどうかは、まったく別問題である

具体的に見てみよう。白書の年齢別の統計は以下の部分に掲載されている。

http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/dl/1-03.pdf

たとえば20~24歳の年齢層について、死因別の死亡率(10万人あたりの死亡者数。「%」ではないことに注意)を比べてみると、死因で1位の「自殺」は19.7、2位の「不慮の事故」が6.4、3位の「悪性新生物」(いわゆる癌などだろう)が2.9である。

これだけ見ると、なるほど若者の自殺による死亡率が非常に高いと思わされる。
以下、39歳まで5年刻みの層を見てみても、やはり最初に書いたとおり、自殺が死因の1位を占めており、死亡率はおおむね20程度である。

では、これに対して中高年はどうだろうか。

まず50~54歳の年齢層をみてみると、死因の1位は「悪性新生物」で死亡率は100.9、2位は「心疾患」で33.3で、「自殺」は3位どまりだが、死亡率はなんと26.2である。若者よりも自殺による死亡率は若干高いのだ。

このような傾向は他の年齢層でも似たようなものである。40歳~44歳と45歳~50歳までの層もそれぞれ見てみると、自殺は死因としては2位か3位にとどまるが、死亡率は20を超えていて、若者層とおおむね同じか、若干上である。

要するに、若者が中高年よりも自殺する確率が高いわけではない。自殺する確率としては、若者も中高年もおおむね同じで、敢えて言えば後者が少し上回っている。

正確にいえば、若者は、自殺以外の原因では死亡しにくい(=中高年は、自殺以外の原因で死亡しやすい)ということなのである。

中高年の死因は、「悪性新生物」や「心疾患」が上位に入ってくるので、「自殺」の順位が下がっているだけなのだ。若者が「悪性新生物」や「心疾患」になる確率が低いのは、ある意味当然だろう。だからこそ、「自殺」が上位になっているだけなのだ。

もちろん自殺対策は必要だし、さらにここでは触れる余裕はないが、国際的に比較してみると、日本人の自殺率は高い部類に入るようだ。
ただし「若者は中高年より自殺しやすい」と考える人がいたとしたら、それは誤解である。若者も中高年も自殺による死亡率に大きな違いはないということは、理解しておかなければならない

前文部科学事務次官の出会い系バー通いについて

 加計学園問題で官邸からの圧力について証言した前川喜平・前文部科学事務次官の「出会い系バー通い」が、ちょっとした話題になっている。

 しかし前川氏が出会い系バーに通おうと、キャバクラに通おうと、また、その動機が女性の貧困調査だろうと別な目的だろうと、前川氏の発言の信憑性には何の関係もないだろう。

 だいぶ前に旧大蔵省の証券局長が、銀行からの接待でノーパンしゃぶしゃぶ(?)に通っていたことが明るみになって退職に追い込まれたことがあったが、この証券局長は官僚として仕事が出来る人だという評判であり、特に発言が信用できない人だったとか嘘つきだったという話はどこからも聞かない。

 その意味で、「前川氏は出会い系バーに通うようないかがわしい人物だから、その発言は信用できない」という論法は成り立たない。

 様々な報道を見る限りでは、前川氏は在職中から、教育行政の観点から貧困問題について本当に関心を持っていたのは事実のようで、出会い系バーに行った時も、「女性の貧困」という観点が何らかの程度あったのは本当なのかも知れない。

 (しかしついでにいうと、出会い系バー通いをしていた官僚が、逆の立場の人だったらどうだろうか。

 たとえば官邸の首相秘書官が出会い系バーに通っていたことが発覚したとしたらどうだったろうか?
 主流派の自民党議員が出会い系バーに通っていたとしたらどうか?
首相秘書官や自民党議員が、前川氏と同じ程度に「女性の貧困問題について知る」という目的をもってバーに通っていたとして、どのように報道されるだろうか。「女性の貧困問題を知るためにバーに行った」と主張したとしても、信用されるだろうか。

 現在、安倍政権に批判的な立場の論者やメディアが、前川氏を擁護する主張をするケースが見受けられるが、逆の立場の官僚や議員が同じことをしたら、どう反応しただろうか。)

 それはそれとして、前川氏の主張が事実だとして、それが安倍政権にとってどの程度マイナスなのかどうかは、また別問題である。本当の論点はこの部分だろう。

« 2017年5月 | トップページ

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ