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日本人にとって「戦後」はもう一つの元号だった(2)

さきのエントリの続き。

「戦後」とは、「悲惨な太平洋戦争が終わって(そこから解放されて)何年・・・」という発想をあらわす「元号」でもある。

さて、「戦後」という概念があるからには、その反対概念としての「戦前」も当然、存在する。

「今の政権は、戦前回帰を志向している」とか「戦前のような時代がまたやってくる恐れがある」という表現も、メディアで頻繁に見かける。安保法制や共謀罪問題での議論を思い出して見れば良いだろう(今の安倍政権への評価はここでは立ち入らない)。

このように「●●は戦前回帰を志向している」のような言い方をする場合、「戦前」とは、恐ろしい時代、悲惨の時代として位置づけられている。「戦前」という言葉を持ち出せば、何の論証も説明も抜きで、相手がすぐ納得して否定的な反応をしてくれることが当然の前提になっている。
ここでは「戦前」「戦後」の概念は、単なる時代区分の話ではない。「戦前」は、戻ってはならない時代とされているのだ。

(逆にいえば「戦前」を「江戸時代」とか「明治時代」とか「元禄時代」のように、単なる歴史上の一区分としか考えない人にとっては、「戦前回帰」という言葉を聞いても、ピンと来ないだろう。「江戸時代」や「明治時代」という用語には、「戻ってはならない時代」というニュアンスでの用法はない。)

一般的にいえば、メディアや学問の世界など、政治や社会に関していろいろな議論や主張をする場では、「戦前のようにならないこと」「戦前に戻らないこと」を重要な判断基準とした言説が、現在に至るまで数多く産み出されてきた。

「戦前に戻らないようにするには、どうするべきか?」というのが重要な価値判断の基準とか思考の出発点となって、その基準にのっとって様々な判断を行うという思考の枠組が形成されているのだ。

これは、「どのようにしたら現在の問題について解決・対処できるか」よりも、「どのようにしたら『戦前』に戻らないようにできるか」を第一番に考えるという傾向につながるとも言えるだろう

これは日本の言論の世界(とりわけ防衛問題についての言論)に強く根付いてきた思考のパターンだが、世代交代に伴って、次第に色あせてきてもいると思う。

学問の世界でいえば、この思考の枠組を非常に強く持っているのは、恐らく憲法学だろう。これは(現代日本の)憲法学が本質的に持ってきた性質のためである。

現代日本の憲法学は、日本国憲法の解釈学である。明治憲法の本質的部分が否定されて日本国憲法が成立し(「占領憲法」と評するかどうかは別問題)、その日本国憲法の基本となる理念や価値を前提としたうえで解釈をするというのが憲法学の主流なのである。このような性質からすれば、「どのようにしたら『戦前』のようになるのを防ぐか」という思考が組み込まれてきたのだ。

以前紹介した書籍『アーキテクチャと法』の中の横大道聡の論文「憲法のアーキテクチャ」で、駒村圭吾や高橋和之を引用する形で、横大道は次のように述べている。

 “日本では、『何かを建設しようとする構築の意志を持つことは危険であるとするのが、憲法学の初動的な反応』で、『憲法学は何かをつくり上げる学問ではなく、抵抗し、批判する学問であるという自己規定が強い』・・・”(同書200頁)

とはいえ、憲法学の世界も世代交代と共に次第に傾向が変わってはいくだろう。

どうもまとまりが無くなったが、とりあえずこの辺にしておく。

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