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日本で「二大政党制」など無理である件

日本の政治で自民党一強の状況を憂慮して、「二大政党制を目指すべきだ」と主張する声は昔からあった。

だが少なくとも当面のところ、日本の状況では二大政党制など所詮は机上の空論にすぎ ない。

まず「保守二大政党制」はどうかといえば、大きな「保守」がわざわざ2つ存在する理由などないというのがっ根本的理由になるだろう。

 よく言われるのが「大きな政府/小さな政府」の二大政党という主張で、三浦瑠璃あたりが言うのだが、これは米国の二大政党制の図式をそのまま直輸入したものである。

 米国の場合、アンチ連邦政府、自助努力重視という伝統が草の根レベルで昔からあるので、「小さな政府」の主張に大衆的な支持を得ることができる。

 日本ではそんな伝統はどこにもないのであって、むしろ行政と企業と社会がいろいろ密着して調整するという発想こそが「伝統」というべきである。社会福祉も公共事業もほとんどやらない「小さな政府」論など、一部の企業経営者や資産家や思想家以外には支持する人間はいないどころか、むしろ大衆から激しい反発を喰らうのではないか。
 大衆が支持しない路線の政党が「二大政党」の一翼を担うことなどできるわけがない。

 「大きな政府/小さな政府」以外では「保守」同士の対立軸など見つかりそうもないので、こう考えると保守二大政党論など実現性がない、絵に描いた餅であることがわかる。

 一方「左右二大政党」はどうかといえば、これは何をもって「左」とするかにもよるが、仮に社会福祉重視とか労働者保護重視ということになると、これも自民党がまったく無視しているわけでもないので、「自民党よりは相対的に福祉や労働者保護を重視する」というくらいになり、あまり大きな違いを出すことはできないのではないか。

 このように考えると、いずれにしても二大政党というものを日本で実現させることができる可能性はほとんど無いのではないだろうか。

 根本的には、自民党の守備範囲が広すぎ、曖昧で雑然としているので、何をやっても自民党とある程度は重複してしまい、吸い取られてしまうからである。

 自民党が自発的に分裂でもしない限り二大政党は無理だろう。そして自民党が仮に分裂したとしても、そのうちにまたくっつく可能性は高い。

 敢えて付け加えると、昭和の末期や平成の初期くらいは、まだ保守二大政党論に多少のリアリティは感じられた。小沢一郎あたりが強く主張していたことである。

 当時はなぜリアリティがあったかというと、自民党は今よりも各地域の農業その他各種業界との結びつきが強く、「古い利権構造」に立脚した政党とされていた。

 このため、より規制緩和・市場競争を推進し大都市圏住民の利害を強く反映させた政党を要望する声が強かったのだが、当時は自民党以外の選択肢は、実質的に社会党くらいしかなかった。そこで、資本主義を前提とする点は自民党と同じだが、より都市型、市場重視型の別な大型政党が必要だという声が広がって、それが保守二大政党論になり、また日本新党や新進党などの新党ブームにつながっていったのである。

 この流れが立ちきられたのは小泉政権時代であり、この時から自民党は、大都市圏を重視した政策も取り入れるようになっていった。

 保守二大政党論は、このように自民党が農業などを重視していた時代の名残にすぎない。またさらにいえば、左右二大政党論は、マルクス主義や社会主義に抵抗感がなかったもっと古い時代の名残だろう。

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