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クックパッドのレシピで健康被害が起こった場合の責任は?

 東京で生後6ヶ月の乳児が、蜂蜜の入った離乳食が原因で、乳児ボツリヌス症により死亡したという事故のニュースをきっかけに、蜂蜜入り離乳食のレシピを掲載していたクックパッドにも批判が集まった。批判を受けてクックパッドは、「1歳未満の乳児に蜂蜜を与えないで下さい」という警告を掲載している。

 今回の事故そのものは、クックパッドのレシピによって引き起こされたわけではないようだが、仮にクックパッドに掲載されたレシピに重大な欠陥があって、それに従って作った料理でユーザーに健康被害が起こった場合、運営しているクックパッド(株)は責任を負うのだろうか。ここでは法的観点で考えてみたい。

 まず、欠陥レシピそのものを掲載して不特定多数に情報提供をしたという点で、クックパッド(株)に一定の責任が発生しうることを否定するのは困難だろう。
 クックパッドのレシピは、ユーザーが実際に料理に使うことを前提として掲載しているのであり、欠陥レシピであれば健康被害が生じうることは、クックパッド(株)としても当然に予見できる。

  (*もちろん、現代の科学の水準で健康被害が予見できないような欠陥というのであれば話は別である。いずれにしても、詳しい議論は割愛するが、ここでは、クックパッド(株)に、民法でいう「不法行為責任」が成立することを前提とする。

   なお、2ちゃんねるのような匿名掲示板に掲載されたレシピと、クックパッドのレシピとで、健康被害が起こった場合の責任の評価が違ってくるかどうか、という論点もあるだろう。ここではあまり深入りできないが、単にどこかの誰かが掲示板にレシピを書き込んだものが表示されているだけの場合(2ちゃんねる)と、企業が、積極的にレシピを掲載するサイトであることを売りにして、ユーザーを誘っているような場合(クックパッド)とでは、同列に考えることはできないだろう。)

 ただ、クックパッドのサイトには、「利用規約」へのリンクがあり(ただし目立つところに貼ってあるわけではない)、この「利用規約」には 「本サービスをご利用される場合には、本利用規約に同意したものとみなされます。」「利用者は、利用者自身の自己責任において本サービスを利用するものとし、本サービスを利用してなされた一切の行為およびその結果についてその責任を負うものとします。」などという条項がある。

 これだけ見ると、クックパッドのサイトを利用した以上は利用規約に同意したとみなされ、その利用規約には自己責任の規定もあるから、健康被害が起こってもユーザーの自己責任で済まされるかのようにも見える。

 しかし、「本サービスを利用する場合には、本利用規約に同意したものとみなす」というのは、あくまでもクックパッド(株)が勝手にそのように述べているだけである。クックパッド(株)が一方的に述べているだけなのに、ユーザーが拘束されるとはいえないだろう。

 ユーザーを拘束できるためには、クックパッド(株)とユーザーとの間に、何らかの「契約」が成立しているといえなければならない。そして、契約が成立しているといえるためには、両方の当事者の間で意思表示が合致している必要がある。

 この件では、クックパッドが一方的に利用規約を記載してリンクを貼り、「利用したら、本利用規約に同意したとみなす」と勝手に宣言しているだけであって、そこにはユーザーの意思表示はまったく介在していない。

 このように、一方の側が一方的に何か宣言しているだけでは、契約が成立したとはいえないのであって、相手側からの何らかの意思表示といえるものも必要である。

 たとえば、ユーザーがレシピを見ようとすると、「本利用規約に同意します」というクリックボタンが画面に表示されて、そのボタンをユーザーが押して初めてレシピが表示されてくる、という構造であれば、話は別である。そこでは、ユーザーが「同意します」のボタンをクリックする形で「意思表示」をしたことになるからである。

 ところがクックパッドのサイトの場合は、このユーザー側からの意思表示は何も存在しないし、そもそも利用規約があることすら知らなくてもレシピを見ることができてしまうのである。これでは、ユーザーが利用規約に同意したと解釈することはできない。
 従って「自己責任」についての規定も適用されないことになる。(なおユーザーが「会員登録」などをする場合は、また違ってくる。登録をする時点で、ユーザーの「意思表示」が発生しうるからである。)

 それでは、健康被害が起こった場合に、クックパッドがその損害について100%損害賠償責任を負わなければならないのかというと、それはまた別問題である。クックパッドに掲載された欠陥レシピについて、健康上の問題について確認もせずそのままうのみにして利用した場合、そのユーザーにも落ち度というか不注意(「過失」)があった、と判断できる場合もあるだろう。その場合は、「過失相殺」という考えに立って、損害賠償の額が減額されることになる。

 もちろん、過失相殺が認められるかどうか、またどの程度認められるかは、ケースバイケースである。たとえば、クックパッドが、サイトの中で、ユーザーにとって非常に見つけやすい位置に、大きく「このレシピの安全性を保証するものではありません。安全性についてはユーザーが自らの責任でご確認下さい」とでも表示していれば、過失相殺は認められやすくなるだろう。

香山リカがチャンネル桜および出演者に対して訴訟を提起

 香山リカの3月30日付のブログ記事によれば、チャンネル桜のインターネット番組『沖縄の声』に出演した人物3名と、株式会社日本文化チャンネル桜を相手として、東京地裁に訴えを提起したという。

 香山リカ自身のブログおよびツィッターでは、「東京地裁に訴えを提起しました」という言い方しかしていないが、事案の内容を見る限りでは、名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟ということだろう。

 (ここで政治的・思想的な次元の議論には触れるつもりはないが)問題となったチャンネル桜の番組を私は見ていないので、香山リカ自身のブログ記事での説明をとりあえず紹介すると:

 チャンネル桜の2016年10月27日の 「【沖縄の声】ヘリパッド反対派を初起訴、香山リカのツイートが法に触れる可能性あり」というタイトルのコンテンツで、まず、キャスターの栗秋琢磨という人が、香山リカについて、「対面診療義務違反」「プライバシー侵害ないし守秘義務違反」を自らのツィッター投稿により犯していると主張し、さらに、「香山リカの勤務先の診療所に医師法の違反が疑われて監査が入った」「千代田の保健所から監査が入った」等という趣旨のことを述べ、それについて、平原伸泰および鉢嶺元治という出演者が相づちを打つなどした、ということのようである。

 まず、香山リカのツィッターでの一定の言動が「対面診療義務違反」「プライバシー侵害ないし守秘義務違反」にあたるかどうかは、問題となっている特定の言動が具体的にどのようなものだったのか、そしてそれをどのように法的に評価するかの問題であるが、ここでは立ち入らない。

 一方、「保健所から監査が入った」と述べた点については、一定の事実についての主張であるが、監査が実際におこなわれていたかどうかにかかわらず、まず、それは香山リカの社会的評価を低下させる発言として、名誉毀損にあたると評価される可能性がある。名誉毀損は、真実であったとしても成立しうる。
 (ただし、以下に述べるとおり、一般論としては、一定の要件をみたす場合に、主張した内容が真実であるか、真実だと誤信したことに相当の理由があった場合に、違法性が阻却されて、名誉毀損が成立しなくなる場合もある。)

 この件で、栗秋が反論するとすれば、名誉毀損について、違法性阻却の事由があることを主張するのが定石だろう。
 具体的には、①自分が香山リカについて述べたことは、公共の利害に関する事実にかかるもので、②目的がもっぱら公益を図ることであり、③真実である(または真実でなかったとしても、真実だと誤信するのに相当の理由があった)、と主張すると思われる。もちろんこの主張が裁判所で認められるかどうかは、やってみなければわからない。

 なお、ブログでの説明を見る限りでは、平原および鉢嶺という人は、ただ単に相づちを打つに近い発言だったようにも見える。ただ単に相づちを打っただけでも名誉毀損にあたるのかどうかという点は、興味深い論点になる可能性があるだろう。(実際の番組では、もっと踏み込んだ発言をしていたのかも知れないが、そこは見ていないのでわからない。)

安楽亭は客層がいいということを強調するバイト

アルバイト情報を掲載した「アルバイトプロジェクト」というウェブマガジンがあるのだが、その中の安楽亭についてのバイト情報がちょっと目についたので、ご紹介する。

安楽亭は客層がめっちゃいい!実際にバイトしている人の評判と口コミ 」というタイトルので、筆者は女子高生だと名乗ったこんな文章が載っている。

“安楽亭でバイトしている高校2年の女子です。

私はかれこれ1年くらい都内の安楽亭でアルバイトをしています。
やめたいと思ったことは一度もなく、非常に続けやすいバイトだと思っています。とくに高校生にはおすすめです!”

という具合に始まって、一通り安楽亭のバイトの環境を誉めたあとで、自分以外にも安楽亭で働いている人の口コミを紹介するといって、まずは仕事の大変さについて触れた声を3件紹介し、その後で、今度は労働環境の良さを強調する声を同じく3件挙げている。

そして労働条件の概要について説明して、最後にネット経由でバイトに応募できるリンク先に導く・・・という構成である。

若干不思議なのは、筆者自身が安楽亭でバイト中の女子高生(のはず)なのに、

“客層がいいと噂の安楽亭。おまけにバイトへの待遇もいいので働く側にとってはかなりメリットが大きそうです。”

と、どこか外部の第三者のような書き方の部分があったり、バイトのまかないによる食事について触れた箇所で

“安楽亭では焼肉が食べれるのか?とワクワクしている自分がいるでしょう。”

と、日本語としては不自然な言い回しがあったりするところである。

 まあどこの会社も似たような感じで、バイトの記事を出しているのだろうか。

スーツが嫌なら、作業服を着ればいいじゃない(スーツ恐怖症について)

 2月22日のキャリコネニュースで、はてな匿名ダイアリーの“スーツが怖い”という人の書き込みが紹介されていた。

 はてな匿名ダイアリーに書き込んだ人は、

>スーツを着た大勢の人間がいる空間を見たり、その集団に近づくと
>本当に泣きそうになる。
>怖くて、気持ち悪い。
>その空間にいることもままならない。
>
>数週間後に自分はその現場にいなければいけないらしい。
>卒業式なら欠席すりゃいいんだけど、そういうわけにもいかない。
>しかも、結構真面目な場。

などと述べている。
(自分自身の説明によれば、この人は工業系の学生だそうである。なお正確にいうと、この人は、スーツそれ自体が嫌というよりも、「真面目にならなきゃいけない雰囲気」が苦手という感覚のようだ。)

 匿名なので、この人自身のことはよくわからないのだが、一般的にいって、スーツが嫌だとか拒否反応を覚えるとかいう人は、メーカーの工場での作業労働(いわゆる技能職やブルーカラー)の職に就き、作業服を着用するのが良いのではないだろうか。

 工場への通勤時は基本的に自由であって普段着もOKであり、工場の更衣室で作業服に着替えるだけである。
 会社によっては、普段着の上にそのまま白い防塵服のようなものを着れば済む場合もあるだろう。
 (私自身、会社員時代は工場勤務経験が長かった。担当する仕事は、基本的に工場の総務や人事系統のスタッフだったが、やはり作業服で仕事をしていた。なおそれとは別に、製造現場で3交代勤務を半年ほどやったこともある。)

 また、工場というものは一般に、東京や大阪のような大都市圏の中心部には無いので、丸の内や新宿や梅田のようなところで大勢のスーツ姿に囲まれて通勤するという事態を避けられる可能性が高い。
 特に大都市圏ではない地方の工場に勤務できれば、職住近接で、通勤ラッシュそのものを経験せずに済むだろう。(その代わり自転車やバイクや車通勤になるかも知れない。)

 メーカー以外でいえば、たとえば建設現場の作業も、作業服である。

 どうですか?スーツ恐怖症の方は、作業服を使う仕事に就くことを考えてみては・・・。

「ポスト真実」のかわりに「ニワカ真実」にしたらどうか?

 世間の多くのブロガーと同じように、私も、このブログへのアクセス状況を時々チェックしており、まああまり人が来ないのだろうなとは思っているが、最近、昨年12月に書いた「『ポスト真実』という言葉をわざわざ使う意味あるの?」というエントリのPV数が異様に上昇しており、非常に驚いている。

 特に世間に注目されることを書いたわけでもないので、心当たりがあるとすれば、googleなどで「ポスト真実」(post-truth)という単語が検索されることが多く、その中でたまたまこのブログのエントリも見つけて、ついでに立ち寄る人も増えたということかも知れない。

 既に書いたとおり、私の意見としては、政治で真実を軽視したりデマを流したり、怪しい情報に大衆が踊らされたりする現象は、昔からもともと存在していたことであり、特に目新しいわけではないので、この「ポスト真実」などという言葉をわざわざ使う必要はないのではないかということである。

 とはいうものの、インターネット、特にSNSの発達によって、デマや怪情報の拡散が従来に比べてはるかに簡単で大規模になったということは言えるだろう。

 その意味で、「従来よりもデマ等の発生・拡散がはるかに激しくなった」という点に着目して、何かしら新しい用語を使いたいというのであれば、それは確かに理解できないわけではない。

 しかし「ポスト真実」という用語では、そのニュアンスがうまく伝わるようには思えない。
(「ポスト」という接頭語を付けると、「ポストモダン」「ポスト構造主義」のように何か高級なイメージの漂う、ある種の研究者がいじくり回すための概念のような味わいがあるが、そういう閉鎖された世界だけの用語で終わってしまうのではつまらない。)

 そこで一案だが、「ポスト真実」のかわりに「ニワカ真実」という言い方にしてみたらどうだろうか。

 「ニワカ」は「ポスト」に対応する言葉ではないので、post-truthの忠実な訳語とはいえないが、“急に作り上げたニセモノ”というニュアンスはこれで伝わるのではないだろうか。

 (たとえばインターネット上の言い回しとして、何かの番組や連載漫画や芸能人について掲示板等で論じているところに、最近知ったばかりの人が参入してきて的外れなことを言うと、『おまえ、ニワカか?』などと侮蔑的に言われることがある。
  このように『ニワカ』とは『急に作り上げられたニセモノ』という意味合いがあるので、『ニワカ真実』といえば、『急にSNS等で作られてばらまかれた、真実ではない偽の情報』という雰囲気を出すことができると思う。)

 とはいっても、ここで私がこんなことを書いたところで「ニワカ真実」という言葉が新たに流行することはないだろうが・・・。

「ポスト真実」などという言葉を使ってて恥ずかしくないの?

 以前も「『ポスト真実』という言葉をわざわざ使う意味あるの?」というエントリを書いたが、再び「ポスト真実」という言葉に関して考えたことを少しばかり書いておきたい。

 津田大介が『週刊朝日』で、「2016年を象徴する言葉といえば「ポスト真実」だが、それを地で行く恐ろしい事件が発生した。」として、ピザ店襲撃事件(「ピザゲート事件」)について紹介している
 既に報道されているので知っている人も多いと思うが、昨年12月、ワシントンD.C.郊外のとあるピザ店で、「クリントンやその関係者が関与して、児童虐待や人身売買が行われている」というデマがネットで拡散し、それを真に受けた男がその店を襲撃して発砲し逮捕されたという事件である。

 これについて津田は
ピザゲート騒動」は、2016年、そして「ポスト真実」を象徴する出来事と言えよう。ディストピアを描いた出来の悪いSF小説のような「現実」を我々は生きている。」
 と結んでいるのだが、そもそもこの事件について「ポスト真実」という言葉を敢えて使う必要はあるのだろうか

 事件そのものは恐ろしいものだが(店を襲って発砲したのだから、恐ろしいに決まっている)、デマに踊らされて騒動を起こす人間などというのは昔からいくらでもいたのであり、それがネットで情報が拡散される時代になったために、昔よりも拡散の速度や程度が激しくなったに過ぎない。それは政治の世界でも同じことである。

 これに対して、「ポスト真実の時代の特徴は、嘘を真実だと信じることではなく、真実のことなどどうでも良くなることだ。」という論者もいる。
たとえばこの記事の渡辺敦子による解説参照

 しかし、津田が挙げているピザゲート事件の犯人は、クリントンやピザ店が児童虐待に関与しているという噂があくまでも「真実」なのだと信じて襲撃したのである。
 「クリントンやピザ店が本当に児童虐待に関与しているかどうかはどうでもいい。とにかくピザ店を襲撃しよう」と欲して行動したわけではない。

 このように考えると、主に政治の分野とはいえ、大衆世論がデマに踊らされたり、ろくに事実も確認せずに騒ぐ現象のことを、何か新しい出来事のように「ポスト真実」と呼ぶ必要などないといえるだろう。「デマゴギーを利用した政治」とか「政治家がいい加減なことを言って有権者を惑わす」などという現象も、いつの時代にもあることであって、最近になってネットやSNSが道具として加わったにすぎない。

 何か新しいテーマの記事や論文を書きたがっているメディアや研究者が、「ポスト真実」という言葉に飛びつくのは理解できるが、他の人はそれにつきあう必要など感じないだろう

 ちなみに雑誌『世界』1月号で、三島憲一(大阪大学名誉教授)は、『ポスト真理の政治』というエッセイを書いているが、この中で
 「『ポスト真理』や『ポスト事実』という表現は、日本でよく使われる『反知性主義』と同じに、またしても大学内部での『恵まれた人々』が、外の頑迷な人々を馬鹿にする優越願望と結びつきかねない。」
 と語っている。
 (ただし三島教授は「ポスト真理(真実)」等という言葉の有用性を、留保つきながら一応は認めている感じで、「ごまかし、大言壮語、言い逃れ、幻想、しゃぼん玉などを総括した表現と思えば便利な符牒である。」とも述べている。)

 「ポスト真実」という言葉が、メディアとか研究者の世界で流行するという現象は、むしろ、メディアや研究者の世界と、外の大衆の世界との断絶を象徴しているように思える。
 外の世界から断絶していたメディアや研究者は、英国のEU離脱やトランプ当選の時になって意表をつかれて、大慌てして騒いだのだが。

「貧困女子高生」は「貧乏女子高生」と言い換えるべきだった件

今年の話題の一つとして、NHKが取り上げた「貧困女子高生」の炎上問題が挙げられる。

貧困な女子高生として取り上げられた人の部屋の映像に、大量のアニメのグッズやイラスト用の高価なペンなどがあり、「それでも本当に“貧困”といえるのか」という疑問が広がる形でネットで炎上したのであった。

これについては、「貧困」概念も一律なものではなく、生存自体が困難な「絶対的貧困」と、所得が中央値の半分以下である「相対的貧困」とがあるのだ・・・という反論というか説明がなされることもあったが、この意味での「相対的貧困」は、あくまで所得の相対的な少なさに着目した概念であって、その相対的に少ない所得で実際の生活上のニーズがどの程度充足困難になっているかを直接示すわけではないから、なかなか直感的にわかりにくいきらいがある。

この点、私は、相対的な貧困層の困難さを直感的に示す用語としては、「貧困」ではなく「貧乏」が良いのではないかと思う。(「下層」でも良いが。)

「貧困」も「貧乏」も、一見同じように見えるが、実は言葉の喚起するイメージはかなり違う。

「貧困」というと、どうしても日本語の響きとしては、絶対的貧困のようなイメージを想起させて、餓死寸前か、そこまでではなくてもホームレスやそれに近い窮状を思わせる。
これに対して「貧乏」というと、むしろ「相対的に経済面で恵まれない、下層の生活をしている人」というイメージであって、とりあえずは生活はできているが低所得という感覚になる。

「貧困」は、「貧しくて困っている(=困窮、生存が追い詰められている)」ということだが、「貧乏」は、「貧しくて乏しい(=少ない、所得が小さい)」ということになる。

わかりやすく例をあげよう。一般的にいって、「貧困会社」という言葉は存在しない。「貧困」は生存不可能というイメージと結びついている以上、そんな会社など成り立ちえないと思われるからである。
これに対して、「貧乏会社」という言葉は存在する。相対的に収益が少ない会社という意味で、実際に使う人は多いはずだ。

また、「貧乏生活」というと、貧しいながらなんとか切り盛りしているという感じだが、「貧困生活」というと、「生活ができないのが貧困ではないのか」と思ってしまわないだろうか。

さらに、「貧乏だけどささやかな楽しみがある」という言い方にはそれほど違和感はないが、「貧困だけどささやかな楽しみがある」というと、どこか違和感を感じるのではないか。

結論としていえば、「貧困女子高生」ではなく、「貧乏女子高生」だったら、部屋に絵を描く趣味の道具や映画のチケットがあったとしても、それほど騒ぎにはならず炎上しなかったのではないかと思う。

蓮舫と外患誘致罪と法律事務所の広告

またまた民進党の蓮舫代表に対する「告発」について。

(ここでも繰り返しになるが、これは、蓮舫の言動についての是非とか政治的な評価とか価値判断はここでは一切立ち入らず、法律面での興味だけに基づいて書く記事である。)

 ネットで何となく見ていたら、蓮舫議員について「国籍法・公職選挙法違反」と「公正証書原本不実記載等」の他に、「外患誘致」で告発した人もいるようで、これはいささか驚いている。
 外患誘致についての「告発状」もネットで公開されている(これが東京地検に実際に提出された告発状の内容と同じかどうかはわからない。)
 「国籍法・公職選挙法違反」と「公正証書原本不実記載等」については一部の新聞で報道されたが、「外患誘致」についてはどこのメディアも黙殺しているようである。

 さて、まず結論からいうと、外患誘致罪にはまったく該当しない

 外患誘致罪が成り立たないのはあまりにも明らかなので、わざわざ真面目に否定的なコメントや説明をする人すらいないのかも知れないが、この件に興味のある人のため、一応簡単に説明しておきたい。

 なぜ蓮舫の行為が外患誘致罪に該当しないかというと、単純に外患誘致罪が成立するための要件(構成要件)を満たしていないからであり、それに尽きる。

 といっても、これだけではトートロジーのようになってしまうので、具体的に説明すると、ある人間の行為について外患誘致罪が成立するには、

(1)その者が、日本国に対する武力行使について、外国政府と通謀したこと
(2)上記の通謀の結果として、日本国への武力の行使がなされたこと

この2つの要件が充たされなければならない。
ここでいう「通謀」とは、意思を連絡し合って、合意が成立することまでが必要とされる。外国政府の関係者との雑談で何となく話題に出した、という程度では足りない。

また、外国政府との通謀とは関係なく、外国政府が一方的に武力行使を決めて攻撃してきた場合も、上記の(2)の部分だけが存在して(1)は欠けていることになるから、外患誘致罪は成立しない。 

たとえば、

(1)平成〇年〇月頃、A国の外務大臣と、北海道への攻撃について話し合い、合意に達した。
(2)上記の通謀に基づいて、A国政府は、北海道を攻撃する決定を下し、平成〇年〇月〇日午前〇時、同国空軍は、北海道××地域に対して空対地ミサイルによる攻撃を行った

というところまで具体的にいって、はじめて外患誘致罪が成立するわけである。

 従って、蓮舫を外患誘致で告発したいのであれば、

(1)日本国に対する武力行使について、どこの国と、どのように通謀したのか
(2)その結果として、日本国に、その国が、どのように武力行使をしたのか

について説明する必要があるのだが、もちろんそんなことは無理である。
((1)の部分は、たとえば「中国政府の要人といろいろな話題について仲良く話し合った」というだけではもちろん該当しない。「中国政府の要人と、日本に対する武力攻撃について話し合った」というところまで踏み込むことができなければならない。)

 あまり良い喩えではないが、本件で「外患誘致罪」の成立を主張するのは、比喩的にいえば、誰が殺されたという肝心な部分の説明がないのに、殺人罪の成立を主張するようなものである。(氏名不詳でもかまわないが、殺されたのは特定の人間でなければならない。)

なお、外患誘致には、「未遂」と「予備・陰謀」がある。
未遂が成立するためには、少なくとも、日本への武力攻撃について外国と話し合いをするところまでいかなければならない。
予備・陰謀の場合は、日本への武力攻撃についての外国との話し合いの準備行為や謀議をする場合であり、「武力攻撃についての話し合いの準備行為」を具体的に説明できなければならない。
従って、外患誘致の未遂や予備・陰謀についても告発するのは無理だろう。

 ところでこの話題が広がったのは、高島章弁護士という人が、9月にtwitterで次のようにつぶやいて話題を呼んだことが一因なのではないかと思う。https://twitter.com/BarlKarth/status/775894492276662272

 高島弁護士とは面識はないが、刑事事件を多く手がけておられる方のようで、上記のtwitterをよく読んでみると、蓮舫をネタにしているのではなく、むしろアトム法律事務所というところをネタにしてブラックジョークを飛ばしていることがわかる。蓮舫は二次的な材料に過ぎない。

 アトム法律事務所というのは(高島弁護士とは別な事務所)、刑事事件専門として手広く広告をしている東京の弁護士の事務所だが、その公式サイトで、「外患誘致罪で逮捕されたら・・・」などという記事があったので、それを見て高島弁護士が面白おかしく触れたのだろう。

http://www.atombengo.com/news/keijibengopost12620.html#breadcrumb

 刑事事件専門の弁護士の広告で「窃盗で逮捕されたら当事務所にご相談ください」とか「強制わいせつで逮捕されたら弁護はおまかせを」というならわかるが、「外患誘致罪で逮捕されたら・・・」というのは、いささか非現実的で面白い。アトム法律事務所の先生方は、受け狙いでやったのだろうか。普通は経験しないようなそんな罪名をわざわざ広告に書いたので、同業界の高島弁護士からネタにされたというわけである。

 (★さらに見てみると、アトム法律事務所の公式サイトには「内乱罪で逮捕されたら・・・」とか「私戦予備罪で逮捕されたら・・・」などというのもあった。)

 そこまでは良いとして、上記の高島弁護士のtwitterに対するネットでのいろいろな反応を観察してみると、どうも、蓮舫について外患誘致罪が成り立つ可能性が一応ある(or処罰までいくかどうかは別として、一応まじめに議論してみる価値はある)・・・と、ジョークではなく本気で思い込んでしまった人が一定の程度いたように思われる。

「日本死ね」と「俺を殺せ。日本」

流行語大賞やその後の論争で盛り上がった、例の「保育園落ちた日本死ね」という言葉だが、ふと思い出したのは、2ちゃんねるで昔よく見かけたコピペ文である。

550 :名無しさん@5周年:2005/06/05(日) 22:49:37 ID:K9L7ano6

俺は一生童貞だし、この国がどーなろうがしったこっちゃないよ。
愛国心?ばっかじゃね~の?むしろ俺は日本という国に恨みを
持ってるね。みんな好き勝手やってるのに、俺は悲惨な人生だ。

どんどん壊れていったらいいよ。しるもんか。
おまえらが俺のことなんてしらないようにね。

所詮日本は利権構造だ。コネさえあればたいして努力しないで
大金が稼げる。公務員夫婦の世帯年収は40歳平均で2000万円。
マスコミ・銀行・その他、利権構造下にあるものは全部そう。
こいつら普通に50代で2~3000万稼いどる。大して仕事してないし。
親族経営会社で利益を親族に手当てして税金払ってない所も山ほど。

そんななかで手取り2~30万、年収で3~400万円程度で
この利権構造体を存続させるために働け、ってか?

利権構造下にないのに労働してる奴らって、馬鹿だろ。おまえ。
おまえよりも馬鹿でロクデナシがロクに働きもせずに
大金を稼ぎ、佳い女(男)を抱いてるんだぜ。

馬鹿らしさに気づいた奴らは働かねーよ。俺とかな。
財産食いつぶして、金が無くなれば自殺するさね。

どうせ俺はキモくて生命としても次世代を遺せないわけだし、
この社会体がどーなろうが知ったこっちゃねーよ。

あぁわかってるよ。俺が一番馬鹿だってことぐらい。
俺は生まれてはいけなかったんだよ。さぁ俺を殺せ。日本。

これも既に改変を受けた形らしく、最初の文章の形がどんなものだったのかは知る由もないが、この時点で2005年ということは、もう10年以上たっているわけだ。

最後の「俺を殺せ。日本」という部分がやけに印象的だったので、微妙に似ている「日本死ね」の騒動で思い出したというわけである。

「日本死ね」の方は、子どもを育てている母親が書いた(という形になっている)ということもあって、怒りながらも前向きに進んでいく雰囲気が感じ取れるが、この「俺を殺せ。日本」の方は、絶望してあきらめ、虚脱している。
「俺を殺せ」と言い切れるのは、自分が養わなければならない子どもがいなくて、独り身の身軽さがあるからともいえるだろう。(実際にこのコピペでは「俺は一生童貞」とか「次世代を遺せない」とも言っている。)

保育園に落ちた文章の方も、「保育園落ちた、日本よ私を殺せ」とか「保育園落ちた、死ぬ」なら、もっと絶望感が伝わってきたかも知れないし、日本を貶めているとかいないとかいう変な方向の議論も呼ばなかっただろう。
ただし小さな子どもを育てていかなければならない母親である以上、「私を殺せ」とか「死ぬ」などとは言っていられず、怒りながらも前に進んでいかなければならないのが「日本死ね」の方なのである。

DeNAとWELQについての雑感

まずいきなり漫画の話から。板垣恵介『バキ』 の中に、こんなセリフがある。

こんな時便利っスね死刑囚って 最悪殺しちゃってもモンダイなし

記憶に頼って書いているので、表記は少し不正確かもしれないが、ほぼこの通りのセリフがあったはず。読んだことがある人には説明不要だろう。一方読んだことがない人にはわざわざ勧めるほどのものでもない作品ではあるが、このセリフの意味について一応説明すると、とある格闘技に優れた死刑囚を、プロレスラー(アントニオ猪木がモデル)とその弟子がリンチしようとする場面があって、その弟子の男がガムを噛みながら言うセリフが上記のものなのである。
その男は死刑囚をこれからリンチするのを楽しみにしている様子なのだ。
(いうまでもなく実際には、死刑囚とはいえ、一般人が勝手にリンチして殺してしまったら殺人罪である。「死刑囚を殺してしまっても問題ない」というのは、あくまで『バキ』の作品世界の中の設定だ。
ただし物語の展開としては、そのレスラーたちは、死刑囚に逆に返り討ちにあってやられてしまうのだが。)

なぜこんなどうでもいい漫画のどうでもいいセリフを突然思い出したかというと、DeNAおよびWELQの叩かれぶりが、死刑囚をリンチするようなシチュエーションを連想させたからである。
WELQ問題で、DeNAは何も弁解や反論のしようがないし、擁護する人間も出てくるわけがないので、誰もが安心してDeNAを叩き嘲笑することができるし、どのようにでも罵倒することが許される。それはまさに『バキ』の作品世界の中で、自分が何かペナルティを受けることを気にすることなく、死刑囚をリンチする行為に通じる感じがする。実際にDeNAは、死刑宣告を既に受けたようなものかも知れないのだ。いうまでもなく死刑囚は、冤罪でもない限り、死刑に値する悪事をやった悪人である。

さて、WELQについては、「悪貨が良貨を駆逐する」という諺を持ち出して論評する人もいる。WELQがゴミのようなエセ医療情報を大量にばらまき、検索で上位にさせているために、本当に有益な情報が埋もれてしまうということだ。
ただ、WELQの場合、「肩の痛みや肩こりは幽霊のせいだ」とかいう迷信を書いてみたり、「平成9年には38年ぶりに結核の新規患者数が前年を上回り、現在も患者数の兆しは見えていません」などという日本語として崩壊した文章を載せてみたりして、あまりにも「悪貨」の度合いがひどすぎたために、とうとう自分の方が駆逐されてしまった。あまりに質の悪すぎる「悪貨」は、良貨を駆逐できないのである。「悪貨が良貨を駆逐する」というのは、一見、良貨と区別がつかない(しかも値段が安かったり入手しやすい)悪貨でなければ不可能である。見るからにボロくて崩壊している悪貨は、誰にも相手にされなくなる。
DeNAは、「医療専門家が監修していなかった」などと言っていたが、むしろ医療専門家以前に、日本語のできる常識的一般人による監修が必要なレベルだったといえる。

WELQが炎上して破綻したのは、法律やモラルに反していたからというより、「幽霊」とか「患者数の兆しは見えていません」とか、あまりに低レベルで無価値な記事を乱造したからだろう。法律やモラルに反しているかどうかと、炎上・崩壊するかどうかは、いちおう別問題である。法律やモラルに反したネットのコンテンツは、すべて炎上して消滅してくれるのが望ましいのだが、実際は必ずしもそうではない。

仮にWELQに「幽霊」などのひどすぎる記事が存在せず、文法的にも一応まともで、外見上もっともらしい記事(内容はパクリや真偽不明だとして)ばかりだったとしたらどうだろうか。いつまでも炎上せず生き残り続けて、それこそ悪貨が良貨を駆逐し続けていたのではないだろうか。

DeNAがやったことは、比喩的にいえば詐欺行為のようなものだろうが、詐欺師としては三流以下だった。詐欺師だったのが問題というより、詐欺師としてすらまともに仕事ができない無能だったのであり、だからこそ問題になって撤退したのである。DeNAがもう少し有能な詐欺師だったら、世の中にまだまだ害悪を流し続けていただろう。

2017年5月
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