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歴史

対馬で盗まれた仏像について、韓国の裁判所が韓国の寺に所有権を認めた件

 2012年、長崎県対馬市の観音寺から、県指定文化財の仏像「観世音菩薩坐像」が韓国人窃盗団に盗み出され、韓国に運び込まれた後、韓国当局に押収されていた。

 韓国政府はこの仏像を返還する意向を示していたのだが、ある韓国の寺が、この仏像について、「かつて所蔵していたが、中世に日本の倭寇によって略奪された」と主張して、韓国政府を相手取り、仏像を引き渡すよう求めて訴訟を提起していた。

 この訴訟について、韓国の大田地方裁判所は26日、韓国の寺の所有権を認め、仏像を引き渡すよう命じる判決を下したという。

 (たとえば下記リンク参照)

 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170126/k10010853511000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_001

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170126-00000037-jij-kr

 

 感情的な話はさておき、この件では2点の疑問を感じた。

(1)仮にこの韓国の寺が中世の時代に本当にこの仏像を所蔵していて、それが倭寇に略奪されて対馬の寺におさまったのだとしても、現在において、この韓国の寺は、現代の法体系での「所有権」をこの仏像について主張できるものなのだろうか。

   韓国の民法は知らないが、日本の民法の場合は、たとえ盗品であることがわかっていたとしても、所有の意思をもって、平穏かつ公然と占有していれば、20年間で時効により所有権を取得できることとされている。

(2)そもそも論として、倭寇が仏像を盗み出して日本の寺に譲ったりするものなのだろうか。当時の日本の寺が、金で買い取ったか、無償で受け取ったかは知らないが、倭寇からその仏像を手に入れたということだろうか。

  倭寇が食料品や金銀財宝や家畜を盗み出すというのは理解出来るが、仏像を盗み出して日本に持ち込んだ例は、実際問題としてあるのだろうか。

 私は報道でしかこの事件のことを知らないので、ふと思い浮かんだ疑問を書いてみた次第である。韓国の裁判所の判決を見てみれば、具体的に説得力ある説明が何か書いてあるのかも知れないが・・・

★上記の(1)の点について若干補足。

まず、中世(高麗時代)のこの寺と、現在の寺(を経営する宗教法人?)との間に、法的な連続性があるといえるのかどうか。

また、1910年に韓国併合が行われて、朝鮮半島でも日本の民法が施行されていたはずであるが、どんなに遅く見てもその時期には、日本列島・朝鮮半島両方を含めた領域において、同一の民法の秩序のもとで、その仏像の所有権を日本の寺が有していることは、確定していたと言えるだろう。

潮匡人氏の「朝ドラ暗黒史観」批判について

 評論家の潮匡人氏が、iRONNAの「『べっぴんさん』もそうだった! NHK朝ドラ暗黒史観に油断は禁物」という記事で、NHKの朝ドラが戦前・戦中の生活を暗く苦しいものとして描くことが多いといって批判している。

たとえば現在放送中の「べっぴんさん」について、NHKの公式サイトのあらすじの紹介の

 「紀夫に召集令状が届き、お腹の子供を託されたすみれは、夫不在の中、娘のさくらを出産する。
 戦況が厳しくなり、近江の坂東本家に疎開するすみれとゆりだったが、おじの長太郎一家の態度は冷たい。
 そんな中、神戸で大きな空襲があったと五十八からの知らせが入る。
 昭和20年8月、終戦の日を迎えたすみれは、様子を確認するため、神戸に戻る。
 そこで目にしたのは、焼け野原になった街と、焼け崩れた屋敷の姿だった」

という表現をとりあげて、暗く重苦しい雰囲気が「あらすじ」からも伝わってくると言って批判している。

ただ、範囲の広い「戦前」はともかくとして(太平洋戦争でいえば1941年より前、日中戦争でいえば1937年より前が「戦前」であり、どこまで遡るかは問題である)、「戦中」は、成人男子が多数徴兵されたり、空襲で全国の都市が攻撃を受けて焼け野原になって膨大な犠牲者をだしたり、食料品を始めとする物資が不自由であったりと、国民にとって非常に悲惨な経験であったのは事実であり、しかも戦時体制ということで国民に対する公権力により規制・統制も非常に厳しかったわけで、それをドラマとして描くとすれば、何かしら「暗さ」「苦しさ」が出てくるのは避けられないだろう。
 それを「暗くて重苦しいのはけしからん」と潮氏に言われても、どうしろというのだろうか、作り手は困ってしまうのではないか。

 せっかく批判しているからには、潮氏は、
 「戦争中は実は楽しいことも沢山あった」
とか
 「それほど悲惨な暮らしではなく、国民は戦争に勝利すればやってくるはずの明るい未来を信じて前向きに生きていた」
とでもいう具体的な例を何か挙げて、朝ドラの描くべき方向性について説明してくれるのかと期待して読んだのだが、具体的な反証とか対案のようなものは何もなく、ただ単に
「せっかく朝8時から放送される、名実ともの「朝ドラ」なのだ。せめて、もう少し明るく描けないものか。戦前戦中を描いた朝ドラをみるたび、そう思う。」

と抽象的なことをいって記事は結ばれていく。

 しかしこんな漠然とした感想では、具体的にどのようにして欲しいのか、どこを変えれば(潮氏の基準で)善くなるのか、まったくわからない。朝ドラが戦争中を暗黒時代のように描いていてけしからんというのなら、暗黒時代でない描き方というのはどういうものなのか、それを具体的に示すのが評論家の仕事なのではないだろうか。

 ただ私なりに敢えていえば、朝ドラなどの戦争中の場面で「軍人」が登場する場合(登場するのは戦場ではなく“銃後”の国内の社会生活の場である)、とかく愚かで無能なくせに不必要に威張っているように描かれがちかなとは思う。実際は軍人にも様々な人物がいて、その立場の中でいろいろな言動をしていたはずで、有能な人物も無能な人物もいたのだろうとは思う。類型的に「軍人=愚か、無能、高圧的、国民の敵」というふうに決めつけて描くのではなく、個別的に描いてほしいと思うことはある。

集英社「学習まんが 日本の歴史」新シリーズ刊行

高校時代のとある同窓生(執筆に関与している)から情報をいただいたので、宣伝というのでもないが、ここでご紹介しておきたい。

集英社から「学習まんが 日本の歴史」全20巻の新シリーズ が10月28日に刊行されるそうである。

Set_2

ご存じの方も多いと思うが、この集英社は、昭和時代から、「日本の歴史」の学習漫画のシリーズを何度も刊行して更新を繰り返してきており、現在売られているのが3代目で、今度刊行されるのは4代目となる。

初代は、監修・和歌森太郎、漫画・カゴ直利ほか(全18巻)で、昭和43年。

2代目は、監修・笠原一男、漫画・久松文雄ほか(全18巻)で、昭和57年。

3代目は、監修・岡村道雄、漫画・岩井渓ほか(全20巻)で、平成10年。

初代は私が小学生の頃に買ってもらって、何度も何度も読みふけったものである。第1巻ではヤマトタケルや神武天皇が詳しく取り上げられてたり(もちろん神話としてである)、南北朝時代を扱った巻では南朝方の日野資朝の息子が父の仇を討つエピソード(現在はともかく戦前は道徳教科書で取り上げられたらしい)がやけに詳しく描かれていたかと思うと、最後の昭和戦後の巻では、朝鮮戦争を仕掛けたのは米国側だとされていたり(現在ではもちろん否定されている)、今の時点とかなり視点が違う叙述が多くみられるが、絵に勢いがあり、読み物としての面白さはバツグンである。

2代目は中古で買いそろえたが、初代に比べるとだいぶ大人しく薄味になってしまっている。久松文雄が絵を担当した部分はそれなりに絵に味わいがあるが、他の部分は人によりけりである。

現行の3代目は、本屋で時々立ち読みをしたことがある程度だが、絵の担当者が従来よりも多く分散してバラバラな印象を受ける。ただし学問的には最新の状況を反映しているのだろう。

今度出る4代目はどのようなものか、なかなか楽しみである。

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